- 2024年02月11日更新
仙之助編 十五の五
嘉右衛門の言葉に仙之助の表情が変わったのを察した粂蔵が答えた。
「仙之助が捕鯨船に乗る手はずを整えてくれたのはヴァン・リードさんでした。人集めをしていたという異人でございます。噂はいろいろありましたが、悪い人ではございません。移民団の総代になったのも手前どもの番頭です。仙之助は少し英語を話しますので、一足先にハワイに行って、番頭と移民たちを助けてほしいと言われたのです」
「ほお、番頭も天竺に行ったのか」
「はい、そうです」
「神風楼さん、あんたらは面白いな」
「はあ、ありがとうございます」
「長州の伊藤さんから密航話を聞いた時のことを思い出すな」
「伊藤さんとは」
「長州出身のお役人じゃ。あれは偉くなるぞ」
しばらく聞き役にまわっていた仙之助が身を乗り出してきた。
「そのお方も密航されたのですか」
「ああ、そうだ。長州藩から派遣された密航留学生だった」
「どちらに行かれたのですか」
「イギリスの商人が手引きをしたと聞いているからイギリスでないのか」
「ロンドンですか」
「そうだな。お前は、まだ異国に興味があるのか」
「はい、私は……、ハワイしか知りません。大層美しい島で、王様にもお目にかかり、得がたい体験をしましたが、あとは鯨を追いかけるばかりでした」
「伊藤さんが欧米に使節団を送る予定があると話していたな」
「使節団……、ですか」
政府の使節団の話に自分と何の関係があるのか、よくわからずに仙之助は戸惑った。
「目端の利く者は何とか一員に加わろうと画策しているようだ。従者になるとか、いろいろ方法はあるのだろう」
「そうですか」
「お前も行きたいか」
嘉右衛門の突然の申し出に仙之助は驚いた。
「えっ、今なんて」
「捕鯨船にたったひとりで乗り込むような勇気のある者は、そうはいまい。お前のような者が同行すれば、面白いことになりそうだな」
「私が、ですか」
嘉右衛門は、鋭い眼光で仙之助を見ると、真面目な顔で言い放った。
「お前は……、異国とつながる事業で成功する相を持っている」