- 2024年09月15日更新
仙之助編 十七の十
山口仙之助が乗船した太平洋郵便汽船のジャパン号が、金門海峡を抜けてサンフランシスコの桟橋に到着したのは、一八七二年二月十七日の朝だった。
牧野富三郎は、まめに新聞に目を通して、横浜からの定期航路が到着する情報に注意していた。仙之助から渡米を伝える手紙は届いていなかったが、必ずサンフランシスコに来ると信じて疑わなかった。
その朝は、とりわけ確信めいたものを感じて、富三郎は桟橋で待っていた。
最初に一等船客の紳士淑女が下船してくる。スティアリッジ(下級船客)の下船は最後だった。富三郎は、中国人移民らしきアジア人の群れを凝視した。そのなかに一人、場違いな紳士服に身を包んだ男がいた。目深に被った帽子を脱ぐと、涼やかな目元の若い男だった。
「もしや……、ああ、そうだ。間違いない」
富三郎は大声で叫んだ。
「おおーい、仙之助さん」
仙之助も気づいたようだった。驚いたような、ほっとしたような笑顔で手を振っている。富三郎は大きく両手を挙げて振り返した。
一八六九年の年明けにハワイで別れてから、三年ぶりの再会だった。
「仙之助さん、ますます立派になられましたな。見違えました」
「いや、格好だけですよ。富三郎も元気そうでよかった。サンフランシスコで会えることを期待してはいたけれど、迎えに来てくれるとは……」
富三郎は三年前の感情の行き違いを思い出した。捕鯨船で出発する仙之助を見送りに行かなかった後悔はずっと心の片隅にあった。
そのわだかまりを消したい気持ちも込めて言った。
「当たり前じゃないですか。お待ちしていました」
「会えて……、よかった」
「ずっとずっと……、到着をお待ちしていました」
二人はおずおずと抱擁した。
中国人移民たちも迎えの同胞たちと大声で何かを言い合っていた。人の群れでごった返す桟橋をかき分けるようにして、富三郎は自分の部屋があるサクラメント通りをめざした。
「ホノルルよりも、小さくて汚いところでお恥ずかしいのですが」
「そんなことはかまわないよ。それより……、使節団の一行とはこちらで会ったのか」
「はい、お目にかかりました。岩倉様や伊藤様のようなお偉方とお話する機会がありませんでしたが、従者の若い方たちと親しくなりました。よく似たお名前の……」
「本当か?もしや、私と仕立屋ですれ違った……」
「はい、山口林之助さん、ですよね」
「そう、そうだ。林之助さん、彼と会ったのか」
仙之助は感慨深く、横浜での出来事を思い出した。