- 2024年10月27日更新
仙之助編 十八の四
仙之助と富三郎を乗せた大陸横断鉄道は、岩倉使節団の後を追うようにシエラネバダ山脈に向かった。機関車を増結した汽車は、そそり立つ山腹を蛇行するように走行し、トンネルやスノーシェッド(雪崩除け)をくぐり抜けて、最高地点のサミット駅に到着した。
使節団を足止めした大雪は一段落していたが、標高二一〇〇mの高地にある駅はなおも深い雪に包まれ、駅に降り立つと、身を切るような寒さだった。
神奈川生まれの仙之助にとっては、初めて見る雪景色だった。捕鯨船でカムチャッカを航海したことはあるが、季節は夏だった。仙台藩出身の富三郎はまだ雪には慣れていたが、温暖な土地の暮らしが長く、仙之助同様、久しぶりの寒さに震えあがっていた。
一等車の乗客たちは駅舎の食堂に入っていく。三等車の乗客にも食堂の入り口で得体の知れない具材を煮込んだスープが販売された。湯気のあがる椀を抱えて人心地ついた。
温かい食事が人の心を和ませたのか、いかつい労働者ふうの男が話しかけてきた。
「お前さんたちは、中国人かい?」
「いえ、日本人です」
男は、耳慣れない国名にぽかんとしていた。アジア人といえば、大陸横断鉄道の工事労働者など、移民として大量に流れ込んできた中国人しかいなかった時代のことである。
「三等車に不似合いないい身なりをしているから、どんな素性なのかと思っていたよ。どこまで行くんだい」
「ワシントンです」
「こりゃ驚いた。行き先も俺たちとは偉い違いだ」
「どちらまで行くのですか」
「ネブラスカのオマハで降りて、そこからテキサスをめざす」
「テキサス?」
「牛で一儲けしようと思っているのさ。もう金鉱の時代じゃない」
好奇心の強い仙之助は、身を乗り出してきた。
「牛で一儲けとはどういうことですか」
「テキサスには、野生の牛がいくらでもいるらしい。そいつらを捕まえて、鉄道駅まで連れていけば、大金になるという訳さ。ちっぽけな砂金を探すより、でっかい牛を捕まえるほうがいいと思わないか」
ゴールドラッシュが終わった一八七〇年代のアメリカで一攫千金の夢をかなえられるものが牛だった。牛を鉄道駅まで連れて行くことをロングドライブと呼んだ。牛に投資すると、どれだけ儲けられるかといった話が新聞を賑わせていた。いわゆる「牛のロングドライブ」の時代である。背景には大陸横断鉄道の開通があった。東海岸で肉牛の需要が高まったこともあり、テキサスの牛は、東海岸では十倍の高値がついたという。牛が野生で元手がかからなければ、まさにボロ儲けとなる。鉄道駅の周辺は大金を手にした男たちで沸き返った。それこそが西部劇に描かれるカウボーイだったのである。