- 2024年12月01日更新
仙之助編 十八の九
駅舎を出ると、目の前に国会議事堂の偉容がそびえていた。
午後四時近く、だいぶ日が長くなってきたとはいえ、小雪混じりの天候で、あたりはもう薄暗くなっている。それでも、白亜のドームの美しさは圧倒的で、仙之助と富三郎は、この先の不安も忘れて、しばし言葉もなく見上げていた。
「ついに来てしまいましたね」
沈黙を破って富三郎は、仙之助に話しかけた。
「夢でも見ているような気がする」
「でも……、千載一遇の機会を逃してしまいました」
「大丈夫ですよ。このワシントンに岩倉使節団がいるのは事実なのだから、日が暮れる前に、泊まるところを見つけましょう。この寒さで野宿などしたら凍えてしまう」
「そうですね」
二人は駅員に聞いた手頃な値段の宿があるという界隈をめざした。寝台だけがおかれた粗末な部屋に落ち着つくと、仙之助は思いついたように富三郎に聞いた。
「そういえば、サンフランシスコでは、どうやって岩倉使節団の方々に会ったのか教えてほしい。慌ただしい旅立ちで肝心なところを聞いていなかった」
「あの時は、街中が岩倉使節団を迎えてお祭りのような状態で、当たり前のように岩倉様が宿舎のバルコニーに出てくるのを見に行ったのです。噂でそれとなくわかったというか」
「あのグランドホテルか。街一番のホテルだと言っていた」
「そうです」
「それだよ。富三郎、ワシントンで一番のホテルを探せばいい」
「その後、従者の山口林之助さんと偶然会ったのも、グランドホテルの前でした」
「そうだろう。ホテルの前にいれば、必ず岩倉使節団と会う機会がある」
翌朝、仙之助は思いついて、昨日、降り立ったユニオン駅にもう一度行ってみることにした。あらゆる人が降り立つ駅であれば、街一番のホテルもわかるに違いない。
駅舎の構内をうろうろしていると、見覚えのある駅員に出くわした。
「昨日はありがとうございました。おかげさまで助かりました。ところで、つかぬことを伺いますが、ワシントンで一番のホテルはどこですか」
「おいおい、どうしたのだ。一晩で大金を儲けたのか」
「いや、そういう訳ではありませんが」
「お前さん、もしかして、昨日、到着したお偉方の国の出身なのかい」
「はい、そうです」
「なるほど。ワシントンにやってくるお国を代表する方々が泊まるのは、アーリントンホテルというところだ。昨日の方々もそちらにお泊まりのはずだよ」
「アーリントンホテル、アーリントンホテルですね」
仙之助は、何度も繰り返して、記憶に刷り込んだ。