山口由美
2025年08月17日更新

仙之助編 二十一の九

瀕死のジョーイを抱えた一行は、ついにテキサスとの州境であるレッドリバーを越えた。チザム・トレールの中継地点であり、牛のロングドライブの出発地のひとつであるフォートワースはまもなくだった。

テキサスで牛が集まるところ、すなわちカウボーイがロングドライブの仕事を得ることができるところは幾つかあった。最も北に位置するのがフォートワースで、さらに南のオースティン、ウェイコも知られていたが、最も多くの牛が集結するのが南のメキシコ湾沿いに広がるキング牧場だった。

一八四六年から四八年にかけてのメキシコ戦争当時、川を航行する船の船長だったキャプテン・キングこと、リチャード・キングが一八五三年に創業した牧場である。牛のロングドライブがまだブームとなる以前のことだ。

キング牧場では、牛と馬の品種改良も積極的に行われた。テキサスで野生化したテキサスロングホーンからは「ランニングW」というブランド牛が生まれた。野生化したムスタングとアラビア種やサラブレッドをかけあわせた馬、クォーターホースが誕生したのもキング牧場だった。アメリカの牧畜業の発祥地と言われる由縁である。

フォートワース郊外で野営した夜、ジョーイが再び激しい腹痛に襲われた。

アビリーンの女医が処方した薬はもうつきていて、仙之助たちに出来ることと言えば、毛布をかけて背中をさすることくらいしかなかった。
「明日フォートワースに着いたら、医者を探しましょう」

仙之助が問いかけてもジョーイは、ただ苦しそうに荒い呼吸をするだけだった。

富三郎とジムもなすすべもなく、ジョーイに寄り添った。

夜明け近く、寝落ちしかけた仙之助は、冷たい手の感触で目を覚ました。

ジョーイが仙之助に手を伸ばしていた。
「ジョン……セン」
「はい」

その手を今度は富三郎に伸ばす。
「トミー……
「はい」
「おめえら……、俺が仕込んだ立派なカウボーイだ。誇りを持って生きろ」

見えない力に突き動かされたような力強い口調だった。

その後、大きくふうと息をすると、静かに目を閉じた。
「ジョーイ」
「おい、ジョーイ、おめえ、死に損ないだろう。死んじゃあ洒落になんねえ」

ジムの目には涙が浮かんでいた。仙之助と富三郎はジョーイの息がないことがわかった後も必死に手をさすった。最初に腹痛で倒れた夜からいつか来ると思っていた別れだったが、不死鳥のように甦るジョーイに奇跡を信じていただけに悲しみは深かった。

カウボーイのジョーイ

次回更新日 2025年8月24日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお