山口由美
2025年08月31日更新

仙之助編 二十一の十

ジョーイを看取ったジムと仙之助、富三郎は、その場所にさらに一昼夜とどまって、遺体を埋葬した。ブーツを脱がそうとして、仙之助はジムに制された。
「おい、ブーツはカウボーイの魂だ。そのままにしておけ」

打ち合いなどで亡くなったカウボーイはブーツを履かせたまま、埋葬する習慣があった。そのため、町はずれのカウボーイの墓地は「ブーツ・ヒル」と呼ばれものだった。

一方、ロングドライブの途中で不慮の事故などでカウボーイが命を落とすことも少なからずあり、その時はこうして、野営地近くに埋葬するのだとジムが教えてくれた。
「俺たちが野営するのは、牛が食べる草や水場が豊富なところと決まっている。そこに埋葬すれば、仲間たちが時たまやって来るから寂しくないってことさ」

ブーツは履かせたままだったが、ジョーイの体の一部のようになっていたカウボーイハットは、埋葬の直前にジムが手にして、仙之助の頭に被せた。
「あいつの遺言だった。俺が死んだら、俺のカウボーイハットはジョンセンとトミーにやってくれと、最初に腹痛をおこした時に言っていた」
「だったら……、私じゃなく」

仙之助は富三郎の顔を見たが、無言で小さく首を振った。
「馬乗りが下手くそなお前のことをことさら気にかけていたから、お前がもらっておけばいいさ」

ジムは、ジョーイを埋めた地面をやさしく撫でると、思い出したようにチャックワゴンの中から木片を探し出してきて、小さな十字架を作った。仙之助と富三郎がそれを地面に刺して、即席の墓標にした。
「こんなちっちゃい十字架、すぐに風に吹き飛ばされちまうだろうが、まあ、俺たちの気持ちってことだな」

そう言って、ジムは胸の前で十字を切った。仙之助の脳裏に仙太郎を失った日のことが甦った。葬列に見送られた仙太郎に対して、粗末な十字架だけの葬式がどうにも涙をさそう。
「神様の……、儀式をしなくていいのでしょうか」

仙之助がジムに問いかける。横浜の居留地にも教会はあり、ハワイでも人々が日曜になると教会に行くことを仙之助は知っていた。
「神様?教会から牧師を呼ぶってことか」
「フォートワースまでは、たいした距離じゃないでしょう。私が行ってきます」

富三郎が立ち上がったが、ジムは二人を制して言った。
「信心深い奴だったら、そのほうが良かろうが、町にいても日曜日に教会に行くより一人で酒をあおっていたような奴だったから、これでいいさ」

そう言って、ジムはとっておきのウィスキーをジョーイが愛用していたコーヒーカップに注ぐと、小さな十字架の墓標の前にそなえた。

次回更新日 2025年9月7日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお