

- 2025年10月12日更新
仙之助編 二十二の四
オハマを出発した大陸横断鉄道はネブラスカ州の荒野を西に向かう。遠い記憶の奥にあった風景が巻き戻されていくような感覚があった。
「この風景を見たのは、二年前の春だったかな」
仙之助は感慨深く、富三郎に話しかけた。
「サンフランシスコを出発したのは二月の末でしたね。シエラネバダ山脈はまだ雪深くて厳しい寒さでした」
「そうそう、一面の雪景色で……、まかないのスープが美味かったな」
「あの時、駅舎の食堂でテキサスに行って、牛で大儲けすると意気込んでいた男に出会わなかったら、牛のロングドライブに加わろうなんて思いつきもしなかったですよ」
二人は顔を見合わせて、しばし笑った。
「運命なんて、わからないものだな」
「牛を連れて、再び大陸横断をすることになるなんて、想像もしませんでしたよ」
富三郎は仙之助を小突いて、さらに笑った。
二年前の大陸横断とは一ヶ月も季節は違わなかったが、天候に恵まれたこともあり、シエラネバダ山脈はだいぶ春めいていた。牛が寒さにやられることもなく、旅は順調だった。難所のサミット駅を通過すると、カリフォルニアはもう間近である。
到着が近くなってくると、仙之助は、オークランドの駅に着いてからのことが気がかりになってきた。テキサスでは、十頭の牛なんてものの数ではなかったが、サンフランシスコ行きの蒸気船に乗り継ぐことを考えると、果たして十頭もの牛を乗せることができるのだろうかと不安になってくる。
仙之助と富三郎は、長い桟橋とつながったオークランドの駅に降り立つと、まずは貨車から牛を降ろした。一頭ずつ、慎重に健康状態を確かめる。このあたりの牛の扱い方は、ロングドライブの経験で身につけたものだった。
すると、ひとりの男が仙之助に話しかけてきた。
「おい、いい牛だな。テキサスから来たのか」
「そうだとも。最上級のテキサスロングホーンだよ」
「お前、どうして東海岸に運ばないで、カリフォルニアに来たのかい。こっちのほうが遠かろう」
仙之助が返事に躊躇していると、富三郎が答えた。
「太平洋を渡って牛を日本に運ぶつもりだからさ」
「太平洋だって?おいおい、気は確かか。こいつらを郵便汽船に乗せるのか」
「もちろんだとも」
「そんな絵空事みたいなことはやめて、俺にこの牛を売らないか」
「そういうわけにはいかないさ」
先にきっぱりと断ったのは富三郎だった。
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