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仙之助編 二十二の六
貨車から降ろした牛は、幸いどれも健康だったので、仙之助は男に好きな牛を選んでもらい、約束の一五〇ドルを受け取った。
到着した鉄道に接続する蒸気船は、すでに出発していた。どうしたものかと思っていたところ、背後から突然、日本語で話しかけられた。
「もしや、日本のお方ではありませんか」
仙之助と同じくらいの年格好の身なりの良い青年が立っていた。
「はい、そうですが」
「日本語でお話しされている声が耳に入ったもので。立ち聞きなどして申し訳ありません。私は浜尾新と申します」
「浜尾さん……ですか。私は山口仙之助と申します」
富三郎も慌てて名乗った。
「私は牧野富三郎と申します」
「牛……の取引をされているのですか」
「はい、何と言いますか……。この牛は日本に連れて帰ろうと思っております。三頭を手放したのは、残りの牛の船賃の足しにしようと思った次第でして」
「ほう、日本に、ですか」
「はい、ところで浜尾さんは?」
「自分の素性も話さないうちに、あなたさまの詮索をするとは失礼なことでした。申し訳ありません。私は留学生です」
仙之助は羨望のまなざしを向けた。二年近いカウボーイ生活で忘却していたが、使節団の従者、同じく使節団に同行していた留学生たち、彼らのような立場に憧れて太平洋を渡り、大陸横断したことをあらためて思い出した。仙之助の心内に気づいたのかどうかはわからないが、浜尾は言葉をつないだ。
「いや、留学生と言っても、実は、通っていた学校がなくなってしまいまして。今は浪人生活と言いますか……」
「学校がなくなった?どういうことですか」
「ご存じかどうか、昨年の九月にオークランドは大火に見舞われましてね」
「その頃はカリフォルニアにいなかったので存じませんでした」
「私の留学先の学校が全焼してしまったのです」
「それは災難でしたね」
「幸い校舎を貸してくれるという大学はあったのですが、火事の騒動で教官たちが次々と辞めてしまい、授業もなくなってしまいまして。どうしたものかと途方に暮れておりました。そうなると望郷の念が募りまして、つい桟橋に足が向いてしまった次第です」
前途洋々の留学生にもこんなことがおきるのだろうか。仙之助は、率直な物言いをする浜尾新という青年に親近感を抱いた。
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