- 2019年03月18日更新
- 画 しゅんしゅん
一の七
「ご存じなかったですか。仙之助が最初に結婚したのは、養女のトメですよ。仙之助が富岳館に専念するようになって、ヒサと懇ろになったのを知って、神風楼で忙しかったトメは身を引いたんでしょうな。トメは養女で、ヒサは実の娘でしたから」
「では、ヒサさんも神風楼の出身なのですか?仙之助と姉弟ということですか」
「仙之助も養子だから問題ないでしょう。ヒサは仙之助より長生きしたでしょうに、聞かれていない?」
ヒサは、フェリス女学院に学んで、英語もできたが、手芸や編み物の好きな物静かで温厚な女性だと聞いていた。
「さあ、私が婿に来た時は、ヒサさんは亡くなられておられましたから、詳しいことは知りません」
虎造は、まるで人ごとのように、自身の出自を語り始めた。
「トメには、娘がおりましてね」
「虎造さんの母上ということですか」
「そうなりますな」
「名前を梅子と言いました」
「ウメコ?」
「日本式の名前だが、父親はアメリカ人でね」
「えっ?仙之助との子ではなかったのですね。トメさんは外国人と再婚をされたのですか」
「いや、再婚はしておりません」
「というと?」
「梅子はトメの養女でしたから」
「養女?では、実の娘さんではなかった?」
「戸籍上はね。でも、本当はトメの子かもしれませんな」
祐司は、ますます混乱した。
山口家も死別や離別で再婚を繰り返す家だったが、それにしても虎造の出自は謎めいていた。
それを虎造は、自分の親の話なのに、週刊誌のスキャンダルを噂するように、他人事のように話す。だから、よけい困惑する。だが、虎造は、祐司が驚いた反応を示すのを、ことさら面白がっているようでもあった。
「父親は、わかっています。ジョン・エドワード・コーリアという、横浜で手広く商売をしていた男です。富岳館でも創業当時は、この男から肉を買っていたはずですよ。それだけじゃない、ここの出資者でもあったはずですぞ」
虎造は、祐司の表情を伺うように言うと、笑いを浮かべた。
「それがワシの祖父ですな」
「あ、それで」
「さよう。母の梅子がハーフ、ワシはクォーターになります」
「梅子さんが養女と言うことは、母親は?」
「神風楼の遊女にコーリアが手をつけたことになっています」
「はあ?」