- 2021年06月13日更新
仙之助編 四の五
ユージン・ヴァン・リードと再会した翌日、仙之助は文字通りの早飛脚となって走った。
仙太郎の実家は蒲田の梅屋敷に近いところだった。梅屋敷は、横浜の異人たちに人気の遊興地であり、仙之助には土地勘があった。
握りしめた手紙に書かれた場所を探すと、古ぼけた看板のかかった民家が見つかった。仙之助の実家がある大曽根村のほうがよほど田舎であったが、家の構えは大浪家のほうがまだ立派であった。この家から日本橋の大店に請われて養子になった仙太郎の優秀さを仙之助はあらためて思った。
赤ん坊を背負った女が門から出てきた。
「何かご用ですか」
「仙太郎さんを訪ねて参りました」
そう伝えると、家の奥から漢方医らしき若い男が出てきた。
「浅草の小幡漢学塾におりました山口仙之助と申します」
すると、怪訝そうな表情をしていた男の顔がぱっと明るくなった。
「ああ、浅草の大火の時、仙太郎を助けてくれたお方ですか。申し遅れました。仙太郎の兄でございます。あなたのお名前はどれほど聞かされたことか」
案内されたのは離れの座敷だった。
「仙太郎、仙之助殿がいらしたぞ」
襖を開けた先に布団が見えた。だが、そこに仙太郎はいなかった。横におかれた文机の前に座って読書をしていた。仙之助は安堵した。病気療養中と聞いて、床に伏せってやつれた姿を想像していたからだ。
「 How are you (元気ですか)?」
仙之助が語りかけると、弾けるような笑顔で仙太郎が返した。
「 I am very fine (とても元気です)、Thank you (ありがとう)」
「ヴァン・リードさんが帰って参りました」
「そうか、ついに会えるのだな」
「トモダチの仙太郎も一緒に再会を祝おうと、おっしゃっています。横浜で……」
そこまで言いかけて、仙之助は不安になった。元気なように見えるが、横浜まで歩く体力があるかどうか、それを家族が許すかどうか。思わず隣に立っている兄を見た。
「仙太郎は、横浜に行きたいのか」
兄の問いかけに仙太郎は間髪入れず、きっぱりと答えた。
「はい、何としてでも……参りたく存じます」
「それが仙太郎の望みであれば、行ってきなさい。仙之助さん、あなたがいれば心配ない。連れてやってもらえますか」
「ありがとうございます。必ず無事にお連れ致します」