- 2022年05月08日更新
仙之助編 七の十一
独立記念日のご馳走は、子豚の丸焼きだった。
横浜から生きたまま積んできた子豚を絞めたものらしい。
仙之助も船底で鳴き声を聞いていた。見知った動物の殺生はいささか抵抗があったが、香ばしい肉の焼ける匂いに躊躇する気持ちも吹き飛んだ。大曽根村にいた頃は、四つ足の動物を食べるなんて想像もしなかった。横浜に暮らすようになって、牛鍋を知り、ヴァン・リードと出会って西洋料理を知った。今では香ばしく焼いた肉が一番のご馳走だと思う。
普段は船長や上級船員しか飲めない葡萄酒もふるまわれた。
早朝、マストに星条旗を揚げていたときには姿の見えなかったラニも、いつのまにか隣にいて、上手そうに豚肉を頬張っていた。
カリカリに焼けた皮と肉汁のしたたる肉がたまらない。
「旨いな。俺の故郷でも祝祭日には豚を食べる。懐かしい味だ」
「故郷とはハワイですか」
「そうだ。土を掘った穴に焼けた石を敷き詰めた上に豚をのせてカルーアする」
「カルーアとは何ですか」
「蒸し焼きという意味だ」
「豚を食べる祝祭日とは、独立記念日ですか」
何気ない仙之助の問いに、しばらくの沈黙があった。
「……、大切な客人をもてなす時や結婚式だ」
ハワイはアメリカとは別の国だとヴァン・リードに教わったことを仙之助は思い出した。
「ハワイでもハオレは、独立記念日に今日のような祝い事をする」
「ハオレとは……」
「俺たちの言葉で、あいつらのことだ」
そう言ってラニは、船長と乗組員たちの方を見た。
ハオレとはハワイ語で「白人」を意味する。仙之助にとっては同じ異人だったが、ラニが自分と彼らを区別していることを仙之助は理解した。
昼を過ぎて、風が強くなった。気温も急に下がり始めた。
クレマチス号は、帆に風をはらみ滑るように海上を進んでいく。
「おおおい、島が見えるぞ」
ジョーイの声が上がった。
モクモクと白い煙を上げる島が近づいてきた。
「あれは何ですか」
仙之助の問いにラニが答えた。
「火山(Volcano )だ」
仙之助にとって初めて聞く英語だった。表情を読み取ったラニが言い換えた。
「火の山(Mountain of Fire )だ。お前の国にもあるだろう」