- 2023年05月21日更新
仙之助編 十二の四
日本人移民たちに与えられた二日間の休暇は、瞬く間に過ぎ去った。楽園と憧れたハワイが本当の楽園であったことに移民たちははしゃいでいた。
それは、仙之助にとっても特別な時間だった。
彼らを迎え入れるために、ユージン・ヴァン・リードに命じられて、捕鯨船に乗り、はるか太平洋を渡ってハワイにやって来た。その冒険は得がたいものであり、仙之助は自分に与えられた運命を何も後悔していなかった。だが、この先、彼らが雇い入れ先のサトウキビ農園に去ってしまった後、自分に何ができるのかわからなかった。たった二日間の物見遊山の案内では、何もしていないに等しい。
二日目の夜、移民たちはいつものようにサイオト号に帰っていったが、仙之助の雇い主であるウィルの好意で、牧野富三郎は、彼の家に泊めてもらうことになった。
客用のゲストルームを提供され、仙之助はウィルの客人を迎え入れる時と同じようにピンと糊のきいたシーツでベッドメイキングをした。二つ並んだベッドのひとつに、その晩は仙之助も寝ることを許された。富三郎と仙之助がお互いを知る間柄であることは、みなもわかっていたが、仙之助の氏素性にかかわる話をすることはためらわれた。
「こんな上等の部屋を使わせてもらってよろしいのですか」
恐縮する富三郎を招き入れて、二人はベッドに座り向かい合った。
「私が真面目に仕事をしている褒美だそうだから、気にするな」
「本当に頼りになります。仙之助……、いや、仙太郎さん」
「今夜だけは仙之助でかまわない」
富三郎はほっとしたような笑顔を浮かべた。
「言葉が達者でおられるのにも舌を巻きました。私ひとりでしたら往生しておりました」
「少しは役に立ったのなら良かった」
「それにしても、こうして仙之助さんと再会できたのが信じられず、夢のようです」
「待っていると言ったではないか」
「はい、でも、捕鯨船で横浜を発ってから音信がないままでしたから、本当に会えるのかどうか、半信半疑でした」
「ハハハ、太平洋の真ん中でくたばったとでも思ったか」
「いや……、そんな。くたばるかと思ったのは私の方です」
「嵐に遭ったか」
「はい、神仏に祈るよりほかありませんでした」
「そうか。お前も太平洋を渡って実感しただろう。あの大海原でちっぽけな船に揺られていると、この先、どうなってしまうのか、どうしようもなく不安になることがある。捕鯨船の日々は忙しく、毎日が夢中だったが、それでも嵐の時など、振り子のように揺れる船底にいると、いたたまれない恐怖が襲ってくることがあった」
富三郎は黙ってうなずいた。