- 2023年07月02日更新
仙之助編 十二の十
コウラウ山脈を背後に抱くアフイマヌには、フランスのカトリック教会と彼らが運営するカレッジがあった。
カメハメハ三世の時代に王からカトリックの布教を許され、土地を与えられ、布教の拠点となったものだった。一八四〇年にハワイで初めてのカトリック教会が建てられ、七年後にはカレッジが開校した。
教会らしき建物の隣に大きなヴェランダのついた瀟洒な家が建っていた。
仙之助は、恐る恐るドアを叩いた。
聖職者らしき服装の若い男が出てきた。紹介状を差し出すと、言葉が通じないと思ったのだろう、そのあたりで休めと手真似で指図した。
「ご厚意ありがとうございます」
仙之助が丁寧に挨拶すると、少し驚いたような表情をして言った。
「長旅で疲れただろう。水と果物を用意してある。好きに飲んで食べなさい。英語が達者だな。お前も労働者なのか」
「私は世話役の通訳で参りました。彼らを送り届けたら、ホノルルに戻ります」
「そうか、帰路に宿が必要ならば立ち寄りなさい」
「ありがとうございます」
英気を養った一行は、再び歩き始めた。
アフイマヌを過ぎると人家もなく、海沿いの一本道が続いているだけだった。
ヌウアヌ・パリで遠くに見たコウラウ山脈が間近に迫る。
やがて前方に大きな煙突が見えてきた。
サトウキビ農園の象徴と聞かされた、収穫したサトウキビを搾る工場に違いないと仙之助は思った。
近づくにつれて、ホノルル周辺でも、これまでの道中でもよく見たタロイモ畑とは違う、背の高い植物が茂る畑があたり一面に広がり始めた。竹のような茎に菖蒲のような葉がついていて、ザワザワと風に揺れている。
仙之助は、後ろを振り返って声をかけた。
「おおい、着いたぞ。コウラウ耕地に着いたぞ」
富三郎が答える。
「このバサバサした草が……」
「サトウキビだろう。これを精製して砂糖にする」
「なんとも大きな作物だな。これを収穫するのは骨が折れそうだ」
サトウキビ畑の先に煙突だけが見えていた工場が全貌をあらわした。レンガ造りの巨大な建物だった。仙之助は、その方角を指し示して言った。
「おおい、あれがコウラウ耕地の工場だぞ」
移民たちの顔がほころんだ。荒涼とした原野の中で、偉容な存在感を示す工場が文明の証のように見えたのだった。