- 2023年07月16日更新
仙之助編 十二の十二
富三郎と仙之助は移民たちの先頭に立ち、工場の敷地内に入っていった。
工場の入り口に不機嫌そうな表情をした白人が立っている。
他に誰もいない。仙之助は話しかけた。
「お目にかかれて光栄です。日本から到着した労働者を引率してまいりました。こちらのプランテーションの責任者の方にお目通し頂けますか」
アローハと挨拶しなかったのは、相手がハオレ(白人)であることを見てとったからだった。男は怪訝そうな表情でなめ回すように仙之助を見た。
「日本人がやってくるとは聞いていたが、お前は英語が達者だな」
「私は通訳で、こちらが総代のトミサブローです」
富三郎は緊張気味にたどたどしい英語で挨拶した。
「お、お目にかかれてうれしいです」
「俺はルナのジョーイだ」
ルナとはハワイ語で農園の監督官であることを仙之助は知っていた。労働者のとりまとめではあるが、農園の責任者という立場ではない。仙之助の戸惑いを察知したジョーイは言った。
「今日は、プランテーションのお偉方は誰もいないぞ」
「誰も……、そうですか」
仙之助は困った表情で黙り込んだ。
「数日前に事件があってな。みなホノルルに出払っている」
「事件?」
「お前たちとは関係ないことだ。それよりサトウキビを刈り取る人出がなくて困っている。早速、明日から働いて貰いたい。日本人労働者は何人いる?」
居丈高に問われて仙之助は答えた。
「はい、四十人ですが……」
「留守のことは俺が万事任されている。日本人が到着したら、すぐに働かせるように言われているんだ。収穫が遅れているからな。こいつらの名簿を出せ」
仙之助は富三郎と目を見合わせた。本当にこの男に全てを託して大丈夫なのだろうか。
だが、自分が責任者だという相手にいつまでも不信感を抱いていても、感情を逆なでするばかりだ。仙之助は移民局から預かった名簿と契約書を差し出した。
ジョーイは書類にぱらぱらと目を通すと、ついてこいと手招きした。
レンガ造りの工場を出て、サトウキビ畑のあぜ道を歩いて行く。
まもなく前方に藁葺きの粗末な小屋が建ち並ぶ集落のようなところが見えてきた。
「お前たちの小屋はあそこだ。契約終了した中国人が出ていって空いたばかりで少し散らかっているが、寝床はあるから問題ないだろう。明日の朝は五時から仕事だからな」
仙之助は移民たちの顔が一気に暗くなるのを見ていたたまれない気持ちになった。