- 2023年12月10日更新
仙之助編 十四の九
仙之助の手紙を読み、富三郎は目頭が熱くなるのを感じていた。
まずは無事で元気でいることがうれしかった。
手紙が届いたことも奇跡だったが、仙之助が自分に手紙をくれたことが富三郎はうれしくてしかたなかった。しかも文面に別れ際のわだかまりを感じさせるところは微塵もない。
「仙之助……、お前って奴は」
富三郎はいてもたってもいられなくなった。
日付は月だけが記されていた。日本語で書かれているので旧暦なのだろうか。新暦とすれば三ヶ月、旧暦であれば二ヶ月を要したことになる。横浜に着いたのがいつだったのか、すぐに書いた手紙なのか、そのあたりのことはよくわからない。
仙之助に返信を出さなければ。
捕鯨船の入港がない季節、横浜に直接向かう船は限られていた。あの船員が乗ってきた商船が再び横浜に行かないだろうか。
富三郎は慌てて、ダウンタウンの表通りに出た。
左右を見回したが、謎の船員の姿はもうなかった。
港の方向に向かって富三郎は走った。ヌウアヌ通りの峠の方角に行くはずはない。
返信を書いていないどころか、自分自身の身の振り方を決めた訳でもなかったが、とりあえず手紙を託す算段をしておきたい。富三郎は必死だった。
手紙を届けてくれた船員の姿は見つけられないまま、富三郎は港の桟橋に立ち尽くした。
すると、目の前に停泊している船の甲板にあの船員が立っているではないか。
「ハロー。ハロー」
相手の名前も聞いていなかった富三郎は、闇雲に大声で叫んだ。
すると、声に気づいた船員が富三郎のほうを向いて、にやりと笑って手をふっている。
「お前の船は、ホノルルを出港してどこに行く?」
「サンフランシスコ」
返事を聞いて、富三郎は落胆した。
肩を落として、桟橋を離れようとした時、ふいに背中を叩かれた。
船を降りてきた船員が、またにやりと笑っている。
「横浜に手紙を届けたいのか」
「そうだ。でも、お前の船はサンフランシスコに行くのだろう」
「サンフランシスコで荷を積み下ろしたら、また横浜に向かう」
「本当か?」
「船長がそう言っている。手紙があるなら預かっていく。お前への手紙を渡した男の居場所はわかっている」
「出港はいつだ?」
「今夜だ」