- 2024年09月22日更新
仙之助編 十七の十一
岩倉使節団の話に興奮した仙之助は息せき切って、富三郎にたずねた。
「使節団の方々は、もうサンフランシスコを発ってしまわれたのか」
「はい、先月の月末にお発ちになりました。何カ所かで途中下車をされるとのことでしたが、おそらく今頃は東海岸に到着されているのではないかと思います」
「そうか、間に合わなかったな」
仙之助は、途方に暮れたようにうつむいた。
富三郎は、使節団の一行を見送ってから心に秘めていたことをつぶやいた。
「追いかけますか」
「追いかける?」
「そうです。使節団を追いかけましょう」
「どこに行けば会えるというのだ」
「ワシントンです。条約改正の交渉でしばらく滞在されるとおっしゃっていました」
岩倉使節団の一行は、その頃、ソルトレイクシティで雪に閉ざされて立ち往生していたが、もちろん富三郎と仙之助には知るよしもなかった。
「追いかけるのならば、一刻も早く出発しなければならないだろう」
「その通りです。大西洋を渡ってしまわれたら、どうしようもない」
「追いかけて、それからどうするというのだ」
「従者として一行に加えて頂くのです」
「そんな都合のいい話が通用するものか。一度は断られているのだぞ」
「ワシントンまで追いかけてきた同胞をむげに断るでしょうか」
「富三郎、本気でそう思っているのか」
「本気でなかったら、追いかけようなどと申しません」
「ならば、出発の前にせめてサンフランシスコの見物くらいさせてほしい」
「もちろんですとも」
外に出ると、突然、爆竹の音が聞こえてきた。聞き覚えのある音だった。横浜でも中国人たちは祝いごとがあるたびに爆竹を鳴らす。
「おかしいな。正月はもう終わったはずなのに」
一八七二年二月十七日は旧暦の一月九日だった。
「今日、大勢の同胞が上陸したからではないか。船上で正月を迎えた時に爆竹が鳴らせないと彼らは残念がっていたからな」
景気の良い爆竹に誘われるようにチャイナタウンの食堂に入って腹ごしらえをした後、仙之助の希望で、使節団の宿舎だったグランドホテルに向かった。
威風堂々たる建物を見上げて、仙之助は小さくため息をついた。使節団の従者として、ここに出入りしていた自分を想像したからだった。もう一度、その可能性を掴みに行く。副使の伊藤博文と話した時の好感触が仙之助の気持ちを強くしていた。