- 2025年01月12日更新
仙之助編 十九の二
仙之助は、富三郎を伴って、アーリントンホテルの玄関に立った。
岩倉使節団の従者になることを強く望んだのは仙之助だからと、富三郎は遠慮して同行を拒んだが、山口林之助との再会は、サンフランシスコでの富三郎の機転がなければ実現しなかったものであり、それがなければ、伊藤博文との面会もなかったと、富三郎を説得した。
二人とも精一杯に清潔な身なりを整えた。
玄関に立つベルボーイに仙之助が伊藤に面会に来たと告げると、案内されたのは赤い絨毯が敷き詰められた豪華な部屋だった。伊藤が滞在している私室の応接間らしい。
天井には豪華な照明器具が光り輝き、赤いカーテンと揃いの生地のソファと椅子がおかれていた。富三郎が仙之助にそっと耳打ちをする。
「ハワイの宮殿のようですね」
「クイーンエマの離宮のことか。お前は中に入ったことがあるのか」
仙之助は聞き返した。ハワイにいた頃、峠道の途中にあった白亜の宮殿は何度も外観を仰ぎ見たが、中に入ったことはなかった。
「移民の帰国の件で、日本のお役人がハワイにいらした時、離宮でお目にかかりました」
「そうか、そうだったな。お前のほうがよほど私より従者に適任ではないか」
富三郎はバツの悪い表情になった。当時の確執がよみがえり、二人は口をつぐんだ。
沈黙した次の瞬間、ドアが開いた。目の前に伊藤博文が立っていた。
富三郎は慌てて立ち上がり、床に土下座をした。仙之助もそれに習った。
「おいおい、ここはワシントンだぞ。そんな古めかしい挨拶はなしだ」
二人は立ち上がって再び椅子に座った。
「山口仙之助とやら、お前、使節団の従者を志願した神風楼の倅だな」
「は、はい、またお目にかかれるとは、恐縮至極にございます」
「お目にかかれるもなにも、我々を追いかけてきたのではないか」
「いや……」
「ハハハ、ハハハ。お前のほかにも従者を志望した者はいたが、ワシントンまで追いかけてくる奴がいるとは思わなかったぞ。また捕鯨船に乗ってきたのか」
「いえ……、今回は郵便汽船で……」
名乗るまでもなく次々と素性を指摘され、仙之助は顔を赤らめてうつむいた。
「林之助がサンフランシスコで最初に会ったというのがお前か」
「はい、牧野富三郎にございます」
「お前はサンフランシスコで何をしておる」
富三郎はしばし逡巡した後、意を決したように答えた。
「移民団の総代としてハワイに渡りまして、希望者と共にこちらに参りました」
「ハワイ……、捕鯨の盛んな太平洋の王国のことか」
「はい、いかにも。太平洋の王国にございます」