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- 2025年02月23日更新
仙之助編 十九の八
伊藤博文と仙之助、富三郎の三人は朝食を終えると、客車に戻って話を続けた。仙之助と富三郎はだんだんに打ち解けて、伊藤も上機嫌だった。
「万次郎はカリフォルニアの黄金で一山当てて帰国資金に充てたそうだな」
「それは存じませんでした。フォーティーナイナーズの一員だったとは。万次郎殿の目の付けどころはさすがです」
「フォーティーナイナーズとは何だ」
伊藤の問いにサンフランシスコの生活が長い富三郎が答えた。
「黄金がみつかった1849年にかけて、その年に一攫千金を夢見てカリフォルニアに集まった者たちをそう呼びます」
「そうか。往路の車窓からも、いまだ砂金を取っている者たちの村が見えたが、サンフランシスコの界隈では、まだ黄金は大きな生業なのか」
「もうゴールドラッシュの時代は終わりました。細々と砂金を集める者はまだおりますが、今はむしろ銀鉱山が労働者を必要としております。ハワイから渡った同胞の者たちにもずいぶん仕事の仲介を致しました」
「こうして大陸横断鉄道が敷かれ、この国も新しい時代を迎えているということだな。今万次郎のように一攫千金を夢見る者がめざすのはいったい何なのだ」
仙之助と富三郎は、顔を見合わせた。二人の脳裏に同時に甦った記憶があった。シエラネバダ山脈のサミット駅で出会ったいかつい体つきの男が言った言葉だった。二人は同時に同じ言葉を発した。
「牛……」
「そうです、牛。一攫千金ならば牛です」
伊藤が怪訝そうな顔をして問いかける。
「黄金ではなくて、牛が金になるというのか」
「テキサスには野生の牛がいくらでもいて、それを捕まえて鉄道駅まで連れていけば大金になるという話を大陸横断の道中で聞きました」
仙之助は半信半疑で聞いていた男の台詞を思い出しながら答えた。
「牛がそれほどの価値を持つのか」
「彼らにとって牛の肉を腹一杯食べることは何よりの喜びですから。我々にとって、白い米のようなものなのでしょう」
「なるほど。黄金の時代は終わって、牛の時代になったということか。政治向きの話だけをしているとわからぬことがあるのだな」
「ハワイ王国でもサトウキビ農園が増えています。全盛期に比べて捕鯨船の数が減っているそうで、サトウキビ農園の労働者として我々の移民団も組織されました」
「そうか。ハワイも鯨の時代からサトウキビの時代に変わろうとしておるのだな。我が国ばかりでなく、いずれの国も変革期にあるということなのだな」