山口由美
2025年06月29日更新

仙之助編 二十一の二

ある日のこと、ついにサワードゥのジムはブルズ・ヘッド・サルーンの主人、ベン・トンプソンに暇をもらいたいと切り出した。テキサスに行きたいという申し出を黙って聞いていたベンはぽつんと言った。
「そりゃあそうだよな。ここにいたって仕方ないよな」
「困っている時に世話になっておいて、すみません」

ジムは殊勝に頭を下げた。
「ふん、好きにしやがれ」

そう言うと、アビリーンの衰退のきっかけになった雄牛の絵にグラスを投げつけた。

酔っ払うと、そこらにあるものを投げつけるのはいつものことで、いつしか仙之助がその片付けをするのがならいになっていた。

店を開けていてもたいした儲けにはならないことに見切りをつけたようだった。

早速、ジョーイとジムはテキサスに出発する準備を始めた。勝手のわからない仙之助と富三郎には、二人に言われるままに手伝いをした。

ジョーイはどこからか、もう一頭の馬を調達してきた。

ジムは、チャックワゴンに食料を準備するのに余念がなかった。牛のロングドライブでは、酒の携帯が禁止されていたが、このテキサス行きは誰に雇われてするものでもない。稲妻と名づけた自慢のウイスキーを引き出しの中にしのばせた。

牛のロングドライブでは、当然ながら牛を連れて旅をする。牛は商品であるから、もちろん大切に扱うが、長い旅の途中で怪我をして動けなくなるものもあった。そうした牛は処分して解体し、カウボーイたちの食料になった。牛が同行しない今回の旅では新鮮な肉の入手は望めない。ジムは豆と塩漬けの豚肉と干し肉を余分に用意した。

もうひとつ、忘れてならないのがコーヒーだった。

カウボーイたちは食事のたびに、夜の見張りの時に、必ずコーヒーを飲んだ。好まれたのは強めのブラックコーヒーだ。チャックワゴン近くでおこした炭火の上にはいつもポットにコーヒーが準備されていた。強めに煎った美味いコーヒー豆を用意することも料理人の腕とみなされた。ジムはコーヒーの準備にも余念がなかった。

食料品の準備が終わると、ジムはブルズ・ヘッド・サルーンの部屋においていた身の回り品をチャックワゴンの荷台に積み込んだ。もっとも右半身の不自由な彼は、指示をするだけで、もっぱら荷物を運ぶのは仙之助だった。
「ジョンセン、お前がいてくれて助かったぞ」

ジムはそう言って、仙之助の肩を叩いた。

ジョーイが連れてきた新しい馬に富三郎は「イチ」と名前をつけた。元気の良い若い馬を見ていると、元年者の最年少だった石村市五郎こと「マムシの市」を思い出したからだった。英語で「Itchy」は「かゆい」を意味する。ジョーイは、おかしな名前だと笑い、富三郎のことをすっかり気に入った様子だった。

次回更新日 2025年7月6日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお