

- 2025年08月10日更新
仙之助編 二十一の八
ジョーイの愛馬のドナに仙之助が乗り、富三郎がチャックワゴンをひくイチの手綱を取った。荷台にはジムとジョーイが乗った。
ジョーイは乗馬に慣れない仙之助に荷台からしばしば檄を飛ばした。必死の形相で体を起こしては、力尽きて横になることの繰り返しだった。倒れた日以来、水か薄いコーヒーをわずかに口にするだけで、食事はほとんど受け付けなくなっていた。ジョーイ自身も、そしてジムと仙之助と富三郎も彼の命が長くないことを覚悟していた。
それでもジョーイは、いや、だからこそと言うべきか、自分が身につけたカウボーイとしての経験を必死で仙之助と富三郎に伝えようとしていた。
彼らは牛の群れを伴っている訳ではなかった。だから、実地で牛を追うことは出来なかったが、ジョーイは、まるでそこに牛の群れがいるかのように、どのように牛の群れを誘導するかを教えた。
カウボーイは、牛を誘導する技術によって、いくつかの階級というか役割があった。先頭にたつ者は「トレール・ボス」と呼ばれ、牛の行進を指揮し、水と草のある野営地を探しながら進む。牛にも序列があって、リーダー役の牛が先頭になる。その両脇について隊列の方向を決めるのが「ポイント」と呼ばれるカウボーイだった。
次いでふくれる隊列を制するために「スウィング」と呼ばれるカウボーイが左右に一人ずついて、さらにその後ろに「フランク」と呼ばれるカウボーイが同じく一人ずつつく。残りの者たちは「ドラッグ」と呼ばれ、最後尾にいて、隊列を推し進めると共に遅れる牛を追い列に戻す役割だった。
カウボーイはこれらの階級と役割に応じて報酬はもちろん、食事や寝床も決められた。先頭の「ポイント」は、熟練したカウボーイのみに許される名誉ある地位で、未熟なカウボーイは「ドラッグ」から経験を積む。
ジョーイは、仙之助と富三郎をせめてドラッグの仕事は問題なくできるようにと、牛を追う時のコツや気の荒い牛の見分け方、どんな時に牛が暴走するのかなどを教えた。
馬の扱いに慣れてきた仙之助は、チャックワゴンの荷台から搾り出すように声をかけるジョーイの激を聞くうちに、草原に牛の幻覚が見えるようになってきた。
「ジョンセン、牛が一頭、群れを離れたぞ。右だ」
「はい」
仙之助はドナを右手に走らせる。
「そうだ、それでいい」
ジョーイは、かつて名誉あるポイントとして、何度となくチザム・トレールを往復したらしい。土気色の顔はすっかり頰がこけていたが、昔の武勇談を話す時、目には生き生きとした光が宿った。
仙之助と富三郎にカウボーイの心得を教えることで、ジョーイは自分がこの西部で生きた証を残そうとしているかのようだった。