- 2022年09月25日更新
仙之助編 九の七
イムと呼ぶ地中に埋めた石焼き料理ができあがった。
上にのった土を除けると、モクモクと白い煙が立ち上がった。
見たこともない異国の料理なのに、立ち上がる煙の匂いは仙之助にとって遠い記憶を呼び起こす懐かしさがあった。
「あっ……」
記憶の糸がつながって、仙之助は小さく声を上げた。
浅草の漢学塾にいた頃、寒い季節になると、仙太郎と一緒によく買い求めた石焼き芋の匂いだった。甘い物好きだった仙太郎の一番のお気に入りは梅園のぜんざいだったが、それは特別な時のご馳走で、懐具合が乏しい時はたいてい焼き芋だった。
江戸時代の石焼き芋は、土製のかまどの上にほうろくの鍋をのせて蒸し焼きにした。芋を蒸すのはイムの調理法に似ていた。
だが、立ち上がるイムの香りは、浅草で食べた焼き芋と全く同じではなかった。
芋を包んだ植物の葉の少し青っぽい匂いと豚の脂の匂いが混じったもので、懐かしさと混じった楽園のエキゾティシズムが仙之助の感情を揺さぶった。
仙太郎と一緒にこの場所にいたかった。浅草の思い出を笑い合いたかった。
ラニの家族に迎え入れられ、上陸してからの緊張がほどけたこともあったのだろう。さまざまな感情が波のように押し寄せてきて、ふいに涙がこぼれた。
慌てて目をこすっていると、ラニが話しかけてきた。
「ジョンセン、どうした?」
「煙が目に入ったみたいで」
「そうか、美味そうな匂いだろう」
「はい、どんなご馳走なのか楽しみです」
「今日は盛大なルアウを催す。俺の帰郷とお前を歓迎する宴だ」
「ルアウ?イム……ではないのですか」
「ルアウとは饗宴という意味だ。ルアウに欠かせないご馳走をイムと呼ぶ。ハワイでは家族の帰還や大切な旅人を迎える時にはルアウを催す。王様のルアウは、こんなものではないぞ。とてつもなく大きなルアウだ」
「王様のルアウ……王様にお目にかかったことがあるのですか」
「王様は時々、波止場の突端で釣りをなさる。そのお姿を見たことがある」
一八六七年のハワイはカメハメハ五世の統治下だった。
ユージン・ヴァン・リードが総領事の任命を受けたロバート・ワイリーは側近であり、外務大臣を務めていた。ワイリーがカメハメハ五世に農園の労働力となる移民を奨励したのは、彼自身がカウアイ島の農園主でもあったからだ。
「ハオレ(白人)どもは自分たちの国のようにふるまっているが、我々には王様がいる」
ラニは誇らしげに言った。