- 2022年10月02日更新
仙之助編 九の八
庭にはキーの葉を編んだゴザがいくつも敷かれ、仙之助とラニを取り囲むように大勢の人たちがそこに座った。なめらかなゴザの感触は、植物の香りがほのかに立ち上がり、新品の畳を思わせた。仙之助は新築したばかりだった頃の神風楼を思い出した。
イムの主役である豚は、何枚も重ねたバナナの葉の下から姿をあらわした。
人々が食い入るように見つめる中、男たちが平たい輿のようなものにのせて豚を運ぶ。
クレマチス号で供された豚の丸焼きと異なり、土中に埋められた豚は姿かたちが少し崩れて、よりグロテスクにも見えたが、湯気の上がる肉の香りは食欲をそそった。
豚肉は芋と共にバナナの葉の皿の上に盛られた。
ほろほろと柔らかく身の崩れる豚肉は、得も言えぬ味わいがあった。ラニが故郷で食べる豚のほうが美味しいと言った理由がわかる気がした。あるいは、楽園の豚は、肉自体も味わいが深いのかもしれない。
石焼き芋に似た匂いのした芋は、口に運んでみると、サツマイモとは違う味がした。食感的には正月に食べる八つ頭に似ているかもしれない。だが、甘く煮付けた八つ頭とは異なり、味がなく、モサモサしていた。怪訝な顔をしながら咀嚼しているとラニが言った。
「これはタロイモだ」
「タロイモ……ですか。私の国にも煮た芋があって、正月に甘く煮て食べます」
「そうか。私たちにとって、タロはお前たちの国の米のように大事な食べ物だ。イムは特別な時のご馳走だが、普段はこうして食べる」
そう言ってココナッツの実を半分に割った入れ物に入った紫色のどろどろした食べ物を差し出した。芋を潰したものなのだろうか、汁粉や粥のようにも、とろろのようにも見えるが、薄暮のにぶい光で見るせいか、美味しそうには見えない。
「ポイと言う。食べてみろ」
「はい、いただきます」
タロイモそれ自体と同じく、味はなく、ほのかに酸っぱい。
「ポイには祖先の精霊が宿っていると信じている。神聖で大切な食べ物だ」
そう言われて不味いとは言えず、仙之助はゴクンと飲み込んだ。ご飯と同じくおかずと一緒に食べればいいのかもしれない。豚と一緒に口に運ぶと悪くはなかった。
横浜の異人たちも米飯と魚の日本食を毛嫌いすることを思い出した。
食べ物は、どの国のものが優れているとか、劣っているとかの問題ではなく、多分に慣れなのだ。人は慣れ親しんだ食べ物を美味しいと思う。だが、異国の食べ物でも慣れれば美味しいと感じるようになる。
日が暮れると、庭にかがり火が焚かれた。
仙之助は、故郷の大曽根村の神社の祭礼の夜を思い出した。
するとどこからともなく太鼓の音が聞こえてきた。
ドン、ドン、ドン、ドンと腹に響くような音が闇夜に響いた。