- 2023年04月16日更新
仙之助編 十一の十一
ホノルル港には、さまざまな船が入港する。
仙之助が受け取ったユージン・ヴァン・リードからの短い手紙には、船の名前は記されていたが、サイオト号なる船の詳細はわからなかった。ましてや入港日もわからない。
それでも、仙之助は毎日、ホノルルの港の埠頭に立ち続けた。
ロトは、自らが王であることを仙之助に告げてから姿をあらわさなくなっていた。
六月十九日の朝、いつものようにスクールボーイとしての仕事を終えた仙之助が港に行くと、沖合に昨日までは姿のなかった帆船が浮かんでいた。
水先案内の小舟が出港の準備をしている。
小舟には、大きな樽が積み込まれていた。
仙之助は不思議に思って、水先案内人に話しかけた。
「この樽は何ですか」
「塩が入っている」
「塩?」
「あの帆船に届ける王様からの贈り物だ」
「王様とは、カメハメハ五世ですか」
「それ以外の王様なぞ、いないだろう」
「なぜ王様はあの帆船に贈り物をするのですか」
「王様の大切な客人なのだろう。詳しいことは知らないよ。さあ、どいた、どいた」
水先案内人は、そう言って、小舟を漕ぎ出した。
仙之助は、ロトの話を思い出して、はっと我に帰った。今回、日本人移民を送ることに命を下したのはカメハメハ五世なのだ。
慌てて沖に漕ぎ出した水先案内人にもう一度、大きな声で問いかけた。
「あの帆船は、サイオト号ではありませんか」
「何だって?」
「船の名前は、サイオト号ではありませんか」
「ああ、確か、そんな名前だったよ」
仙之助は、どうしようもなく胸が高鳴るのを感じていた。
思えば、長い旅だった。捕鯨船のクレマチス号に乗って横浜を発ってから一年余りの年月が流れていた。全てはこの日のための旅だった。
いざその瞬間を迎えてみると、彼らを迎える準備が何も出来ていないことに気づく。
富三郎は元気だろうか。
長旅で疲れている彼らに何をすればいいだろう。
だが、王様からの贈り物は、少なくとも彼らがハワイ王国に歓迎される客人であることを物語っていた。帽子を目深に被って、夜明け前にひっそりと上陸した自分とは違う。仙之助は感慨深く、水先案内の小舟を見つめていた。