山口由美
2023年08月06日更新

仙之助編 十三の三

コウラウ耕地の日本人移民たちが、大勢でホノルルまでやって来て抗議をしたことは、地元の新聞にもとりあげられた。当時、過酷な条件で働く労働者はいくらもいたが、大きな声をあげて抗議する者はいなかったからだ。

彼らの言い分を記者に伝えたのが、仙之助だったことは言うまでもない。声を上げることで、少しでも事態の改善を図りたいたいと仙之助は考えた。

だが、事態はいい方向には進まなかった。

富三郎と仙之助がコウラウ耕地で亡くなった二人の同胞を弔い、再びホノルルに戻ってくると、まさかの訃報が再び彼らのもとにもたらされた。

マウイ島のウルパアク耕地で、またサイオト号の移民がひとり、命を落としたのだった。

しかも病死ではない。首を吊って自殺したのだという。

仙之助は富三郎と顔を見合わせて絶句した。

詳しい事情はわからなかったが、過酷な環境に耐えかね、未来を絶望して命を絶ったと聞かされた。サイオト号の船上でなくなった和吉とあわせて、わずかの間に四人の尊い命を失ったことになる。

重苦しい沈黙が続いた後、富三郎がぽつんと言った。
「何が天竺だ……地獄じゃないか」

眼には涙が浮かんでいた。
「俺は人殺しの片棒を担いだのか……
「富三郎、そんなことはない………
「じゃあ、なんで四人も死んだ」

見たことのないような形相で富三郎は怒鳴った。
「それは……

仙之助は言い返そうとするが、言葉がつなげない。

不安の中にいる仙之助と富三郎

「ゴクラクジョウドとは、結局、あの世のことだったのか……

ハワイをコノヨノゴクラクジョウドと呼んだのはユージン・ヴァン・リードだった。募集に応じた者たちは、それを聞いて天竺で一稼ぎできると信じた。
「天竺と信じて船に乗った者たちに何と言い訳すればいい」
…………

仙之助は、富三郎の心に自分たちはヴァン・リードに騙されたのではないかという疑念が生まれていることに気づいていた。揃いのお仕着せの代金をハワイに来てから給料から差し引かれたのが疑念のきっかけだった。

だが、仙之助はヴァン・リードを信じていた。彼によからぬ噂があることは知っていたが、少なくとも仙之助にとっては、未知の世界への扉を開いてくれた恩人だった。亡き仙太郎との思い出もたくさんある。

悲劇が続くなか、ヴァン・リードと初めて会った季節、クリスマスが近づいていた。

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次回更新日 2023年8月13日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお