- 2023年10月22日更新
仙之助編 十四の二
エマ女王の離宮は、白亜の外観と同じく、館内も白を基調にした空間に優雅な調度品がおかれた、噂に違わぬオアフ島で最も美しい建物だった。富三郎が仲間たちと招き入れられた部屋は、赤い絨毯が敷き詰められ、豪華なシャンデリアが煌めく、とりわけ豪奢な部屋だった。部屋の奥に上野敬介景範正使と随員の三浦甫一が椅子に座っていた。
富三郎は、どう挨拶したものか逡巡していたが、彼らの羽織袴に大小の刀を差した正装を見て、ごく自然に絨毯の上に正座し、深々と土下座をした。
「表を上げよ」
上野の言葉に従い顔を上げた富三郎は、あらためて顔を見て、その若さに驚いた。
「総代の牧野富三郎でございます。このたびは遠路の長旅、恐縮至極にございます。二名の犠牲者を出したオアフ島のコウラウ耕地からも代表者が参っております」
「嘆願書を書いたのはお前か」
「はい」
「今回のことは、明治政府も重く受け止めておる」
「明治?嘆願書は神奈川の役所宛に送っておりましたが、新政府の世の中になったのでございますか」
「そうだ。本年は明治二年になる。お前たちが出帆したのは明治元年ということだな」
彼らはざわざわと顔を見合わせた。富三郎を含め初めて明治の年号を聞いたからだった。
「…………存じませんでした」
「我が国の国民が他国で不当な扱いを受けるのは、新政府として看過できるものではない。その判断が下って、使節の派遣となったのだ」
「ありがたきことにございます」
富三郎は再び深々と頭を垂れた。
「こちらの暦では年の瀬らしいが、早速、重要な接見を用意してくださるそうだ。お前たちの状況も事細かに調査しようと思っておる。采配は、富三郎に任せてよいのだな」
「はい、もちろんでございます。何なりとお申しつけ下さい」
面会を終えて離宮の外に出ると、コウラウ山脈の方角に虹が出ていた。石造りのヴェランダから庭に降りると、草が濡れていた。富三郎たちは緊張して雨音に気がつかなかったが、面会の間、夕立が降っていたらしい。
上野使節は、翌十二月二十八日にはハワイの外務大臣ハリスと公式に面会した。続いてアメリカ公使のピアースとも面会し、彼の配慮により、アメリカ公使館の書記が一人、使節の書記として任命された。
二月二十九日には、カメハメハ五世に謁見し、信任状を手渡した。
そして、暮れも押し迫った三十一日、上野使節は、外務大臣ハリスに二原則からなる要求書を手渡した。すなわち「日本移民をすべて日本に戻す」と「その一部、帰国希望の四十人程度はただちに帰国させる」という内容である。