- 2023年10月29日更新
仙之助編 十四の三
日本の使節に対してのハワイ王国の待遇は手厚く、対応は懇切丁寧だった。
だが、上野節の要求はすぐには受け入れられなかった。まずハワイ側と対立したのが、ユージン・ヴァン・リードの立場だった。ハワイ王国が彼を駐日ハワイ領事に任命したことは紛れもない事実だったからだ。
これに対して、上野はハワイ王国が徳川幕府の時代に取り交わした任命は、明治新政府に対しては無効だと抗弁した。
次いで上野は、ヴァン・リードが政府の許可しない移民を独断で送った行為は不法行為であると問い詰めた。ハワイ王国は、徳川幕府がいったん許可をして、旅券も発行したことを強調した。さらにサイオト号の出航を許可したのは明治政府であることを突きつけた。
一方、上野は旧幕府から明治政府に日本の主権が代わったことを主張し、それにも関わらず、新政府からの新たな旅券の発給を待たず、うやむやのうちに出発したヴァン・リードの否を追究した。
上野は、富三郎の案内でコウラウ耕地にも出向いている。
実際に移民たちに会ってみると、帰国を懇願する者と、新しい環境に慣れて契約期間の満了までハワイにとどまって働くことを希望する者とがいることもわかった。
年長の代表者に混じって、マムシの市こと、石村市五郎が前に進み出て、最大の要求は給料を上げてもらうことで帰国することではないと上野に直訴した。
一年余りの年月で背丈も伸び、日焼けして筋骨たくましくなり、もはや少年の風貌ではなくなっていた。口が達者なのも拍車がかかってきた。耳学問で英語も操るようになり、ルナともめ事があると、交渉役をすることもあるという。
「一番難儀しているのは物価が高いことです」
物価の高さは上野自身も難儀していたので、なるほどと納得した。ハワイ王国は宿舎を提供してくれたが、それ以外の経費は自腹だった。対等な交渉を進めるためには、過度に相手国の温情に甘える訳にもいかなかった。
上野の説明によって、移民たちは初めて、幕府から新政府への政権の移行により、自分たちの旅券が失効してしまった事実を認識した。
富三郎は、ユージン・ヴァン・リードが肩書きを詐称した悪徳商人ではなく、旧幕府との正式な取り決めで駐日ハワイ領事に任命されていたことをあらためて知り、自分の思い込みを心の奥で恥じていた。ヴァン・リードを信じながら富三郎を糾弾もしなかった仙之助のふるまいには、今さらながら頭が下がる。旅立つ彼にどうしてもっと心ある言葉をかけられなかったのか、後悔の念が湧き上がっていた。
交渉は難航したが、一八七〇年一月十一日、ようやく合意にこぎつけた。
即時帰国を望む四十人の名簿をまとめると同時に、残留者の待遇改善と、契約内容に違反する事項の是正をハワイ王国に約束させた。さらに契約期限満了後の帰国希望者は、ハワイの費用で送り届けることまで承認させたのである。