- 2024年06月02日更新
仙之助編 十六の八
夜が更けるにつれ、遊女たちが座敷に入ってきて、宴は無礼講になった。
頃合いを見はからって、新婚夫婦は退席し、奥座敷に招き入れられた。
ぼんやりと行灯がともる部屋の中央にひとつの布団が敷かれ、枕が二つおいてあった。
掛け布団は、遊女が客をとる時のものなのだろうか、派手な紅色だった。
女たちの嬌声を遠くに聞きながら、仙之助とトメは、初めて二人きりになった。
トメは、仙之助の前に座って、丁寧にお辞儀をすると、次の瞬間、恥じらうそぶりもなく、するりと黒い振り袖を脱いだ。
紅の掛け布団の上に黒い振り袖が、ふわりと落ちた。
次に重ねて着ていた赤い振り袖を脱ぎ、白い振り袖を脱いだ。畳の上に扇を広げたように脱ぎ捨てられた花嫁衣装が行灯の光に照らされて、どうにも艶めかしかった。
「あ……」
仙之助は、気持ちより先に身体が反応していることに気づいた。
花嫁姿のトメを見て、今までにない感情がわき上がるのに当惑した理由がようやくわかった。トメを愛しているのかどうか、理性としてはわからない。だが、二十歳の若い肉体がトメに反応してしまうことに、仙之助は戸惑ったのだった。
「仙之助さん……」
トメは身体をすり寄せて耳元でささやいた。
肌襦袢だけになった胸元の白い肌があらわになる。
「やっと二人きりになれましたね」
「トメ……」
何か言おうとするが、何を言ったらいいのかわからない。
トメの指先が、仙之助の固くなった身体の一部にふれた。
その瞬間、さらに固くなるのを仙之助はどうすることもできなかった。
身体が強く反応するのに、トメに話す言葉がみつからない。
「天狗のように高い異人の鼻もよろしいですが……」
指先でそっと頬をなでながら、トメはささやいた。
「仙之助さんの整ったお顔立ちが、トメは愛しくてなりません」
そう言って、仙之助の首元に熱い吐息をかけた。
「あ、あ……」
仙之助の身体に戦慄が走る。
トメにとって仙之助が初めての男でないことはあきらかだった。
初夜の交わりに至る以前、手慣れた所作でその事実ははっきりと伝わった。トメはことさらに処女をよそおうとすることもなかった。
異人の顔を引き合いに出すということは、トメが知る男は異人なのだろうか。
そうした思いを巡らせることで、さらに肉体が興奮する。