- 2024年06月09日更新
仙之助編 十六の九
仙之助は、完全に年上の花嫁の手玉に取られていた。
トメは身体も所作も成熟していた。仙之助が初めての男ではないのはもとより、複数の経験があることを想像させた。そのことに仙之助の気持ちはしばし逡巡する。だが、次の瞬間、本能が意識の底からもたげてきてトメを強く抱きしめるのだった。
もしかして、トメは、仙之助の動揺も見透かしていて、わざと他の男のことを話すのだろうか。考えれば考えるほど、肉体の興奮は激しくなる。
仙之助の経験は、捕鯨船に乗っていた頃、各地の港で仲間たちと船員相手の店に行ったことが何回かあっただけだった。そうしたこともトメには見透かされている気がした。
トメに導かれるようにして二人は一つになった。
長い一日の終わり、二人はそのまま眠りに落ちた。
心が通い合ったという感覚はなかった。
二人きりになると、本当にもどかしいほどに話す言葉が見つからなかった。
トメが何を考えているのか。
仙之助のことをどう思っているのか。
本当は知りたいことが山ほどあるのに、潤んだ瞳に見つめられると、何を話していいのかわからなくなってしまう。
それでも、身体は確実に深く結ばれた。身体を重ねている時、深い充実感があったのも事実だった。そのことがどうにもやるせなかった。
そして、仙之助は夢を見た。
カムチャッカのペトロパブロフスク・カムチャスキーで抱いたロシア人の若い女が夢に出てきて、仙之助を床に誘う。
女は大きく胸のあいた白いドレスを着ていて、その胸元も眩しいほどに白かった。
床にはらりと、女のまとっていた白いドレスが落ちた。
仙之助は、吸い寄せられるように女のふくよかな胸に顔をうずめた。
次の瞬間、ふいに床を見ると、白いドレスは、いつの間にか白い振り袖になっていた。慌てて、女の顔を確認しようとしたところで、はっと目覚めた。
仙之助は何という夢を見たのだろうと思った。
トメとの初夜に、商売女との記憶を重ねる自分の潜在意識に仙之助は愕然とした。トメの肉体だけを自分は求めているのだろうか。
隣ですやすやと寝息を立てるトメは、化粧が落ちてもなお白い素肌が美しかった。
その顔を見ているだけで、再び身体が反応するのを仙之助は止めることができなかった。浅い眠りからの覚醒はおぼろげで、気がつくと、仙之助は、夢の続きをなぞるかのように、トメの襦袢の胸元を開けて、やわらかな胸に顔を埋めていた。
顔をあげると、障子の向こうが明るくなっている。
奥座敷にも朝の光が差し込もうとしていた。