山口由美
2024年11月03日更新

仙之助編 十八の五

大陸横断鉄道は、最高地点のサミット駅でラッセル車を連結すると下りに転じた。

まもなく日が暮れ、汽車は暗夜を疾走した。夜が明けると、窓の外には平原が広がってきた。もう雪はない。枯れ草ばかりが生えている荒野に竪穴式の住居が点在していた。

マックスと名乗る労働者ふうの男は、好奇心に溢れた仙之助がいたく気に入ったようで、サミット駅からは隣の座席にきて何かと話しかけてきた。仙之助も興味津々にいろいろな質問をする。窓の外の風景と共にアメリカという広大な国土の実像が目の前にどんどんと開けていくようで、心が躍った。
「あの住居には人が住んでいるのですか」
「ああ、インディアンの住居だ」
「インディアンというのは?」
「この土地に古くから住んでいる野蛮な奴らだ」

住居から出てきた人々の顔が自分たちとよく似たアジア系であることに、仙之助は言葉を失った。
「アメリカ大陸はもともと彼らの土地だったのですか」
「さあな。テキサスのロングドライブもそうだが、奴らの妨害をどうかわすかが重要なんだ。だから、俺たちは銃で武装する」

マックスの言葉に仙之助は複雑な気持ちになった。インディアンと呼ばれる人々が侵入者を妨害するのは、自分の土地を自衛するためではないかと思ったからだ。コロンブスがアメリカ大陸に来たとき、インドと思い込んでいたことから、当時のアメリカでは先住民をインディアンと呼んでいた。
「あなたも銃を持っているのですか」
「もちろんだとも。西部開拓者に銃は必需品だよ」

そう言って、荷物の中に入っているライフル銃を見せてくれた。

ウィンチェスターライフル

一八六六年に製造開始されたウィンチェスターライフルだった。馬や幌馬車に乗ったまま連射が可能だったことから保安官のみならず民間人にも人気が高かった。西部開拓時代を象徴する銃とも言われる。

仙之助は、目を丸くしてライフル銃に見入った。

岩倉使節団の後を追いかけることだけを考えて海を渡ってきたが、アメリカ大陸には、太平洋とは、全く違う世界があることを知って驚愕した。世界はなんと広いのだろう。
「俺の親父は、カリフォルニアで金を一山当てることを夢見ていた。だが、夢かなわずに死んじまった。俺も金鉱を掘り当てる夢をさんざ見たさ。だがな、この大陸横断鉄道ができて、時代は変わったんだ。俺はカウボーイになって一発当てる」
「カウボーイ?」
「俺のような牛を扱う勇者のことだよ」

マックスは自信満々の表情で笑った。

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次回更新日 2024年11月10日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお