

- 2025年05月11日更新
仙之助編 二十の七
仙之助は、牛のロングドライブに何度も加わったというジムに思わず尊敬のまなざしを向けた。やっと捜し物のかけらを見つけた気がしたのだった。
「凄いなあ」
「おいおい、ここでロングドライブに参加しないでどうする。そもそもお前たち、なんで季節外れの牛の町に来たのかい」
ホテルの主人もそうだったが、二人が季節を読み誤っていることに呆れはするが、彼らの出自を聞こうとはしなかった。「牛の町」には、人種も背景もさまざまな人間が集まってくるからなのだろう。
ジムはグラスにウィスキーを注ぐと、ぐいと一口飲んだ。
その動作で右足だけでなく、右手も不自由であることがわかった。
「お前たちに聞く以前に、俺だって、なんでこんな季節外れの牛の町にいるのかって、思うよな。こんな体になっちまわなければ、今頃は牛のロングドライブに出ていたさ」
「どうされたんですか」
「どうもこうもねえ。テキサスに戻ろうって日に突然、めまいがして倒れちまったのさ。右半身が動かなくなって、もう駄目かと思ったよ。こうして命が助かっただけで儲けもんだな。贅沢は言えねえや」
「よかったです……。ご無事で」
「ありがとよ。お前の名前はなんていう」
「ジョンセンです」
仙之助の口を自然について出たのは、捕鯨船時代の名前だった。
伊藤博文との会話で呼ばれたこともあって、当時の気持ちが甦っていた。ジョンセンを名乗ることで、未知の世界への好奇心が湧いてくる。
「お前は」
富三郎は少し考えてから答えた。
「トミーと呼んでくれ」
ハワイ時代から日本語に馴染みのない相手に使っていた愛称だった。
「ジョンセンとトミーか。お前たち、どう見てもカウボーイには見えないが、なんで季節外れの牛の町に来たんだ」
ジムは、もう一度真顔で聞いた。
「大陸横断鉄道でテキサスから牛を運べば大もうけできると聞きました。まずは牛の町に行けばいいと思い、アビリーンに来てみたら、今年からテキサス牛が立ち入り禁止になったという話を聞いて……」
「途方に暮れたわけか。ハハハハ、ハハハハ。こりゃあいい。まあ、お前たちのような事情のわからん輩もたくさん来るのが牛の町だからな。だいたい季節外れの牛の町にろくな奴がいる訳はないな。俺を含めてな。」