- 2020年01月12日更新
- 画 しゅんしゅん
三の六
ジョン・エドワード・コーリアの墓を参った時の、物語の扉が開いたような感覚が、さらにリアルなものとなって、父と娘を包んでいた。写真でしか見たことのなかった仙之助が、生身の人間として、実像を結び立ち上がる。さらに、その後ろに顔さえさだかでない粂蔵の幻影があった。
私たちは、山口家の墓のひとつひとつに手をあわせた。
そして、再び鉄の門扉を閉めた時だった。
「ああ、そうだ。こちらも参ってやってください」
虎造が、門の外、神風楼の石碑の近くに立つ、それより二回りは大きな石碑を指し示した。
「これは……」
「遊女の慰霊碑です」
「神風楼の?」
よく見ると、女性の名前ばかりが何人も刻まれていた。
「これは、大正の震災の時に亡くなった者たちの慰霊碑です。横浜はだいぶ酷かったからね。みんな焼けてしまった。神風楼は、結局、震災の後、復興しなかったんですよ」
「そうでしたか」
「でもね、遊女が火に追われて亡くなったのは、震災の時だけじゃなかった。遊郭というのは、不思議と火事の多いところでね。焼け出されては、場所を移って。そんなことの繰り返しだったようですな。業の深い商売だからでしょうかね」
「……」
「でも、神風楼が有名だったのは、それだけではありませんぞ。菊の花です」
「お花の菊ですか」
「楼内で菊を育てておりましてね。真金町に移った後のことです。今の伊勢佐木町のあたりですな。秋になると、それを皆さんに開放していましてね。当時は、神風楼と言えば菊でした。日本人ばかりではない、外国人にもたいそう人気がありましてね。ネクタリン・ナンバーナインの評判はそれもあったんじゃないかな」
「そうですか」
遊郭を包み込む真っ赤な業火。咲き誇る黄金色の菊。
神風楼は、鮮やかな色を放ちながら、悲劇と繁栄が交錯したということか。でも、それは幻ではない。現実にあった物語であり、そして、それは自分自身につながる一族の歴史なのだ。すべては、目の前の石碑と墓標が証言者だった。
そう思うと、私は足の裏がゾクゾクしてきた。