- 2023年03月19日更新
仙之助編 十一の七
ロトは、カメハメハ五世の威厳を持って居住まいをただすと、仙之助に問いかけた。
「日本は美しい国か」
唐突な問いかけに、仙之助は少し言葉につまった。
開港地の横浜にやって来てから、ずっと海の彼方の異国に行くことばかりを考えていた。江戸、浅草の漢学塾で学んでいた頃も、日々の学問や英語の習得にばかり夢中になっていた。当時の庶民の憧れであったお伊勢参りもしたことがない。自分の国が美しいかどうかなど、考えたこともなかった。
美しさに感動するという体験をしたのは、捕鯨船に乗ってからだ。船上の暮らしは厳しいものだったが、時々、とてつもなく美しい風景に遭遇した。
仙之助が考え込んでいると、ロトは言った。
「ハワイは美しい王国だ」
「私もそう思います」
「そうか。だが、お前は、ホノルルしか知らないのではないか」
「捕鯨船がホノルルに入港する前に、緑豊かな美しい島の沖合を通りました。ええと……、ナパリという海岸のある……」
「カウアイ島だな」
「切り立った緑の崖が、この世のものとも思えぬ美しさでした。そう、Heaven(極楽)のような」
「ほお、ハワイはHeaven(極楽)か?」
「ハワイに来る前から、そのように聞いておりました。ナパリ海岸を見た時に、その言葉は真実だと思いました」
「お前は、誰からそのようなことを聞いたのだ」
また、自らの素性に関わるようなことをうっかり言ってしまったと仙之助は焦った。
「横浜の外国人商人です」
「その商人は、ハワイに来たことがあったのだな」
「は、はい。おそらく」
「そうか。センタロウ、日本にも美しい風景があろう」
「ええと……、美しい山があります」
「フジヤマか」
「よくご存じですね」
「フジヤマは有名ではないか。ハワイに寄港する船乗りで、日本に行ったことがある者は、誰もがフジヤマの美しさを絶賛する」
相模や江戸にいれば、よく晴れた日には、遠くに富士山を望むことができた。かつては、ことさらに意識することはなかったが、横浜を出港して、江戸湾から最後に富士山を見た時、郷愁めいた感情が呼び起こされたことを仙之助は思い出した。