- 2023年04月02日更新
仙之助編 十一の九
「弟は……、まもなく病気で亡くなったからだ」
「すみません……、不躾なことをお伺いして失礼致しました」
仙之助がわびると、ロトは再び笑顔になって言った。
「弟が亡くならなければ、私なぞが王にはならなかったぞ」
「…………」
「聡明で、美男子で、弟は本当に王にふさわしい王だった。後継者のなかったカメハメハ三世に幼い頃から見込まれ、カメハメハ王朝を継ぐために養子になった。弱冠二十歳での即位だったが、若くして王の威厳を備えておった。ハワイ王国は、カメハメハ四世のもとで栄えるはずだった。賢明な王は、そのために、同じ太平洋の島国である日本の力を借りようとしたのだろう」
「日本は……、そのような力のある国でしょうか」
「 Kingdom(王国)とShogunate(幕府)が合体したら、王のいないアメリカに勝てるような気がするではないか」
ロトは悪戯っ子のような表情で仙之助の顔をのぞき込んだ。
「そう、私の即位は、何というか、偶発的なものだった。だがな、弟の遺志は継がねばならぬと思っていた。外務大臣のワイリーがサトウキビ農園の労働者として日本人の移民を呼ぼうと言いだした時、お前に言ったように正直、半信半疑だった。ワイリーも悪い男ではないが、所詮はハオレ(白人)の農園主だ。さしずめ自分のところの農園の働き手が足りなくて思いついたのだろう。だが、それでもいいと思った。弟が行きたかった国だからだ」
「…………」
「弟が日本行きを望んだのは、ハワイ王国の未来のためだ。だがな、フジヤマにも大層憧れておった。よくフジヤマの話をしていた。私もいつか見てみたいものだ」
「是非いらしてください」
「ハッハッハ。これはいい。お前が歓待してくれるのか」
ロトは、再び悪戯っ子のような表情になって大笑いをした。
スクールボーイの少年の戯言と思ったのだろう。
仙之助としても深い考えもなしに返した言葉ではあった。だが、その時、彼の心の中に今まで考えもつかなかった想いが浮かぶのを感じていた。これまでは異国に行くことばかりを考えていた。それが海の彼方の世界とつながる唯一の方法だと思った。だが、異国に行かずとも、異国の賓客を歓待することでつながれる。
「フジヤマは……、美しい山ですか」
「おかしなことを聞く奴だな。お前の国の誇りであろう」
「異人はみな美しいと言いますが、身近にあって……、美しさに気づきませんでした」
「そういうものだ。私も異国に行って、初めてハワイ王国の美しさに気がついた。よく覚えておけ、センタロウ。お前の国には、誰もが憧れる山、フジヤマがあるのだぞ」