山口由美
2023年07月30日更新

仙之助編 十三の二

最も多くの移民が入植したコウラウ耕地のワイルダー・プランテーションのことは富三郎も心にかけていた。彼らを送り込んで数週間後には仙之助を伴って再び現地に赴き、彼らの不満を直接聞いていた。

過酷な労働と食事が満足でないことは、どこも同じだったが、コウラウ耕地のルナ(監督官)はことさらに厳しく、いつも不機嫌だった。なかでも農園の責任者だと名乗ったジョーイがくせ者らしかった。富三郎や仙之助が訪問すると、多少もっともらしい態度をとるが、移民たちは口々にその非人情を訴えた。

しかも働き手は、喧嘩早い面々が揃っていた。ルナの強引な態度に黙ってはいなかった。だが、反発すればするほど、相手も強硬な態度に出る。

彼らがとりわけ訴えたのが、体の具合が悪い者に病欠を許さないことだった。ルナが小屋までやって来て、病人を畑に引っ張り出す。そうして働かされた結果、一人は仕事中に畑で倒れ、一人は、ある朝、胸が苦しいと言って息絶えたという。
「あいつら、殺されたようなものだ。ただでは済ませられない」

怒りに震えた男たちは、涙ながらに訴えた。

その前日、仙之助はかつてスクールボーイとして働いていたウィル・ダイヤモンドからワイルダー・プランテーションの噂を耳にしていた。

ウィルは声をひそめて言った。
「コウラウ耕地のワイルダー・プランテーションは呪われていると噂が立っている」
「どういうことですか?」
「おまえたち、日本人がコウラウに向かった前日に事件が起きた」
「事件とは、いったい……
仙之助は到着した日に、ルナのジョーイがみなホノルルに出払っていると、意味深な発言をしていたことを思い出した。
「いや、正確には、事故だな」
「事故?」
「工場のサトウキビを煮沸する釜に農園主のワイルダーの幼い息子が落下して死んだんだ」
「えっ、あのレンガ造りの立派な工場で、ですか」
「そうだ。最新鋭の巨大な釜で、どうにも助けられなかったらしい」
「そんな……

仙之助はむごたらしい惨状を想像して顔をそむけた。
「生きたまま子供が釜でゆでられたなんて、地獄の沙汰だ。事故だとしても、ただごとではない。ワイルダーの夫婦は半狂乱になっている。ホノルルの社交界はその噂でもちきりだ」
…………

仙之助は言葉を失った。悲劇を聞いた翌日に、同胞の悲報を聞くことになるとは。

本当に呪われているのではないかと思いたくなる。

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次回更新日 2023年8月6日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお