- 2024年11月10日更新
仙之助編 十八の六
大陸横断鉄道は、ソルトレイクシティを経てネブラスカのオマハに到着した。
酷寒の山岳から荒野を進むルートだが、三等車であっても窓には二重ガラスが入っており、ストーブが焚かれていたので、思いのほか快適な旅だった。
「じゃあな、道中気をつけて行けよ」
マックスは、陽気に手をあげて言うと、仙之助の背中をポンポンと叩いた。
「そちらこそ気をつけて。カウボーイの幸運を祈ります」
「ハハハハ、ありがとよ」
オマハを過ぎると車窓の風景が変わった。
手つかずの荒野が人の手が入った土地に変化してゆく印象だろうか。木立の間に瀟洒な白壁の家が見える。馬車が行き交う様子も見える。牛を放牧する牧場も見える。
マックスが向かったテキサスは、この鉄道の沿線からは遠いようだが、この国ではよほど牛が重要なものらしい。仙之助は、横浜でも異人たちが牛肉と牛乳を手に入れるために躍起になっていたことを思い出した。
「そうか、牛か」
独り言のように仙之助がつぶやいたのに、富三郎が答えた。
「仙之助さんは、牛の話がよほど気になっておられるようですね」
「今は牛の時代だと言われるとね、やはり気になるよ」
「捕鯨船でクジラを追いかけた仙之助さんであれば、カウボーイとやらになってもおかしくはないですが。とはいえ、まずは岩倉使節団ですよ」
「もちろんだとも」
まもなく車窓の風景は、一面のトウモロコシ畑になった。
ミシシッピ川からミズーリ川に沿った地域は湿地帯でトウモロコシの栽培に適していた。トウモロコシは先住民の主食であり、西部開拓者たちの食糧でもあった。
ミシシッピ川にかかった長い橋を渡ると、まもなくシカゴに到着する。
シカゴは前年の一八七一年に大火があった。人々がグレート・セントラル・ステーションと呼ぶ中央駅も被害はあったが、駅舎はそのまま使われていた。
仙之助も富三郎も初めて見る東海岸の大都会に目を奪われた。ここで、また多くの人たちが下車し、三等車にも新しい顔が乗車してきた。
その時、プラットフォームをぼんやり眺めていた仙之助が大きな声をあげた。
「おい富三郎、あれ、あれを見ろよ」
指さした先に一等車の乗客らしい一団がいた。誰もが整った身なりをしていたが、周囲の人たちより背丈がひとまわり小柄なのが目を引いた。一行の中には西洋人の貴婦人もいて、隣に洋装の少女たちがいる。ひときわ幼いひとりがこちらを振り向いた。少女はアジア人だった。
「あの一行は岩倉使節団じゃないのか」