

- 2025年03月16日更新
仙之助編 十九の十一
オハマのダウンタウンにそびえるグランド・セントラル・ホテルは、重厚な五階建の建築で、窓枠に施されたアーチ型の装飾が特徴的だった。周囲に大きな建物が少ないせいで、ワシントンのアーリントンホテルやサンフランシスコのグランドホテルより立派に見える。
荷物を抱えて、しばし目を見張っていた仙之助は、伊藤博文に促されて富三郎共にホテルに入った。
ロビーの内装も見事だった。中央に吊された球形のシャンデリアがなんとも美しい。荒涼とした埃っぽい街にぽつんとそびえるホテルに不似合いな優雅な雰囲気は、西部開拓にやってくる者たちが求め、憧れる富の象徴なのかもしれなかった。西洋ではホテルという名の宿屋が、街道筋の旅籠などとは異なる、特別な意味と役割を持つことに仙之助はあらためて驚いていた。
仙之助と富三郎は、伊藤の居室の隣に部屋を与えられた。
だが、伊藤はオハマに到着してからは、先に到着していた大久保利通らと、険しい表情で条約交渉の話題について論議をしているようで、彼らをかえりみることはなかった。
伊藤からは、オマハで下車する直前に今後のことを言い渡されていた。一昼夜の滞在の後、一行はユニオン・パシフィック鉄道で西に向けて出発すること、それまでに同行するかどうか決断するようにという指示だった。オハマで離脱する場合は、サンフランシスコまでの運賃を含めた報酬の上乗せをするとも言ってくれた。
伊藤には、二つの顔があると、仙之助はつくづく思う。政治向きの仕事をしている時の威厳ある、どこか近寄りがたい伊藤。一方、神風楼で最初に会った時がそうだったが、仕事を離れたときの、気さくで、時にやんちゃな表情を見せる伊藤。列車の旅では、まさしく後者の伊藤で、仙之助は、すっかり打ち解けて心の内まで話したのだが、グランド・セントラル・ホテルの中に入った瞬間、伊藤は政治向きの顔になった。
ホテルの部屋で、仙之助と富三郎は向かい合ってベッドに腰掛けた。
「富三郎、お前はサンフランシスコに戻ったほうがいいのだろう」
「ハワイから一緒にやってきた者たちも、今はそれぞれに仕事を持ち、現地に落ち着いています。仙之助さん、あなたとワシントンに同行すると決めた日から、サンフランシスコに未練などありませんよ」
「一緒に夢を追いかけてみるか」
「牛ですね」
「そう、牛だ。黄金を求めるよりも雲を掴むような話で、どうすればいいのかよくわからないが、とにかくテキサスに行って、牛を鉄道駅まで運べばいいのだろう」
「鯨を捕っていた仙之助さんなら、造作もないでしょう」
「そう簡単にはいかないさ。でも二人でいればできる気がする」
「そう言って頂いて光栄です」
「遅れてきたフォーティーナイナーズだな」