

- 2025年07月13日更新
仙之助編 二十一の四
牛のロングドライブでは、一日に旅する距離は、おおむね一九㎞から二四㎞だった。夜は水と草があるところを見つけて野営する。牛を伴わず、二頭の馬と一台のチャックワゴンだけで旅をするジムとジョーイ、富三郎と仙之助の四人は身軽であり、たくさんの草がなくても野営することができた。そのかわり、無法者などに襲われた時の危険は大きい。だから彼らは、一日でなるべく長い距離を稼ぎたかった。
チザム・トレイルのルートは、カンザス州とテキサス州の間に「インディアン・テリトリー」と呼ぶ広大な先住民の土地が広がっていた。領内で彼らに遭遇すれば、通行料を支払う必要があった。充分な資金のない彼らにとって、それも心配事だった。
アビリーンを出発して以来、天気に恵まれているのは幸いだった。
「俺たちはついているぜ。雨続きのロングドライブほど、惨めなものはねえ」
チャックワゴンの幌の中に座ったジムは、仙之助と富三郎に話しかける。
「私たち、間抜けどもが幸運を運んできたということですね」
仙之助が答えると、ジムは大笑いした。
「ジョンセンは、いつも真面目な顔をして調子のいいこと言いやがる」
その日は、いつもより少し早く、夕暮れにはまだ間がある頃に野営地を決めた。
一面に草原が広がり、水場が近くにある。
ジョーイが言うには、チザム・トレイルのロングドライブでは、必ず立ち寄る野営地だという。その日もよく晴れていて雨の心配はなさそうだった。
ジムはチャックワゴンの幌を外して、荷台の後ろに調理台を設え、引き出しから食料を取り出して、夕食の準備に取りかかった。
まずは炭火をおこして湯を沸かしてコーヒーを淹れる。当時の西部開拓地では、フィルターのような気の利いたものはなく、挽いたコーヒーを湯に入れて一気に強火で沸かすだけである。沸き上がる直前に少量の水とひとつまみの塩を入れるのがコツだった。手伝いをする仙之助も手慣れたものだった。コーヒーを飲んでひと息入れた後、食事の準備に取りかかる。
「よおし、今日はサワードゥを焼こう」
ジムの声かけに仙之助は目を輝かせた。
手間のかかるサワードゥを焼くのは、時間に余裕のあるときに限られた。たいていは酵母菌を使わない、とうもろこしの粉を挽いたコーンミールと水と塩だけを混ぜて焼くコーンブレッドだった。
ジムがパン種をこねている間に、仙之助は豆を水に浸して豆の煮込みを作る準備をした。日暮れ前に夕食の準備が整った。
四人は皿とコップを持って草原に座った。
仙之助は焼き立てのサワードゥを頬張った。アビリーンのサルーンで食べた味よりも、心なしかさらに美味しく感じられるのだった。